2022/01/16 更新   排便講座(連載)のトピックス

 毎日新型コロナの話題ばかりで、気分も晴れない方が多いと思われますが、その中でもよく耳にする言葉に「with コロナ」「コロナと共に」があります。ウイルスは我々人類よりはるか昔から地球上に存在し、生物体の中で変異を繰り返し共生してきたわけであり、体から排除することばかりでは限界があるといえます。新型コロナに限らずウイルスは体内の遺伝子にも組み込まれる形で入り込んでいるのではないかということが少しずつ解ってきており、PCR法をもってしてもまだまだ未知の部分が多く、まさに分子生物学的な「with コロナ」の進歩が期待されます。

 私たち人間も人類の誕生とともに細菌と共生し、まさしく「with 腸内細菌」を身をもって行っており、「with 腸内細菌」がうまくできている人は健康であり、できていない人は様々な病気(連載8参照)になっています。腸内細菌は体内に約1.5kgあり、個体数でいうと人の個体数60兆個に対して腸内細菌は100兆個存在し、ゲノム数でいうと人のゲノム数2万個にたいして腸内細菌は300万個存在しており、人には約1000種類の腸内細菌がいて、私たちはこれらの腸内細菌と共存しています。さらに付け加えると共存だけでなく腸内細菌を介して様々な生体機能を担ってもらっています。言い換えると自身の細胞機能ではできないことを腸内細菌により肩代わりして行ってもらっており(究極のエコともいえる)、どれだけ多種多様な細菌をどれだけ多く保有しているかが体の総合的な機能を反映しているため、腸内細菌は「21世紀の新臓器」といわれています。

 ここで「21世紀の」といわれるまでにはそれなりの歴史がありました。腸の中に細菌がいることは1719年にLeewenhoekが人の糞便を顕微鏡で観察したのが最初だそうですが、有害か無害か(有益という概念はありません)わかりませんでした。以後150年以上もたってパスツール(細菌学の祖といわれています)が滅菌法を考案し、コッホが純粋培養法を開発してから細菌学は飛躍的に進歩しましたが、彼らが発見した細菌の多くは病気を起こす原因菌であり、細菌イコール病気を引き起こす悪いものという扱いでした。1929年ペニシリンが発見されて以降、細菌に対する制圧(抗生物質を代表とする)は20世紀の細菌学に対する進歩を象徴しており、抗生物質を「アンチバイオティクス」と呼ぶように細菌を敵とみなした呼び名になっています。上記パスツールは1885年「高等動物は腸内細菌なしでは生存しえないであろう」と考えており(どうしてそう考えたかについては文献等が残っていません)、ラットの無菌培養の研究が進む一方、パスツール研究所に所属していたロシアのメチニコフはヨーグルトをよく食べるコーカサス地方に長寿の高齢者が多いことから1907年に「老化は腸内に有害な腸内細菌の菌が発生するのが原因」という仮説を唱えてから腸内細菌の研究が動き始めました。ヨーグルトの菌は腸内に住み着かないためメチニコフの仮説は一旦否定されましたが、彼の仮説は「不老長寿論」として日本でも翻訳(大隈重信著)され、その影響もあり1919年日本人なら誰でも飲んだことのあるカルピスが発売されました。さらに1930年京都帝国大学で乳酸菌の研究に取り組んでいた代田稔博士が乳酸菌の中からラクトバチルス・カゼイ・シロタ株を発見し1935年にヤクルトが発売されました。ちなみにヤクルトはヨーグルトをエスペラント語で読むと「ヤフルト」となり、ヤクルトの商品名になっているそうです。私見ですが、病気を起こす細菌を発見した研究者もさることながら病気を抑える細菌の機能を発見した研究者はもっとすごいのではと思います。それからの半世紀は東京大学の光岡教授を中心とした細菌培養研究が全盛となりましたが、腸内細菌のほとんどは嫌気性菌であるため、体外に取り出したとたんに死んでしまいます。多種多様な培地が作成されたにも関わらず、実際に確認できていたのは多く見積もっても腸内細菌の2割強というところでした。私自身も細菌の分類といえばグラム染色で陽性か陰性か、球菌か桿菌か、好気性か嫌気性かということでしか習っておらず、染色できるものや培養できるものしか細菌としての扱いができないものと思っていました。20世紀後半になり分子生物学的検査法が進歩し、それまでの見方考え方が大きくかわります。新型コロナウイルス検査でも使用されているPCR法により、1個の遺伝子が100万倍に増幅され、細菌の死骸であろうが、細菌の一部であろうがあらゆる遺伝子を同定できるようになり、その解析法も16SリボゾームRNA遺伝子解析法やメタゲノム解析法により新たな細菌が発見され細菌の分類が変わるだけでなく、疾患や健康との関連性が次々と明らかになってきたのです。フラーは1989年腸内細菌のバランスを改善することにより宿主の健康に好影響を与える生きた微生物を「プロバイオティクス」と呼び、新たな概念を導入しました。同じ微生物に対する治療でもアンチバイオティクス(抗生物質)は体内の腸内細菌のバランスを崩してしまうのに対して、プロバイオティクスはそのバランスを整えるために微生物をあえて摂取するものです。それまでの沿岸漁業から遠洋漁業へとひろがり、さらには宇宙へと漕ぎ出そうとしているといえます。

 20世紀は「治療の時代」で、21世紀は「予防の時代」といわれますが、まさに腸内細菌の研究とともに予防医学が発展しつつあります。私たちはいかに腸内細菌とうまく共生し、腸内細菌のバランスを整えることによりいかに将来的な疾患を予防できるかが問われる時代になってきたことを認識しておくことが必要です。