2022/01/16 更新   排便講座(連載)のトピックス

 私は約25年間にわたって主に大腸肛門外科に携わってきましたが、手術の有無に関係なく大腸肛門疾患においてはほぼ全症例において排便コントロールが基本であり、保存的治療や術前術後管理の要でした。しかし、患者も医療者もその重要性が認識されていないがためにやむなく手術になったり、術後経過が思わしくなかったり、再発した経験は数多くあります。ところがこの7~8年間は予想をはるかに超えるほど便秘症や排便機能に関する診断と治療は進歩してきており、医療者においても関心が高まり、あちこちで講演会や勉強会が開催されています。(ひと昔前は排便機能に関する研究会に参加しても閑散としていたのを懐かしく思うと同時に一時的なにわかブームで終わってほしくないというのが正直な気持ちです)。今までどちらかというと避けてこられた排便(便秘)ですが、このように光が当たり始めた要因はいくつか考えられます。第一は腸内細菌の研究が進歩し、腸内細菌が肥満、糖尿病、癌、認知症、老化等あらゆる疾患と関係していることが明らかになってきたことがあります。半世紀前までは染めたり(グラム染色)培養したり(嫌気性培養含めて)しても全体の2~3割しか同定できず、腸内細菌が一体何をしているか全く暗黒の世界でありました。近年、細菌の遺伝子を取り出し、塩基配列(16Sリボ核酸)を調べることにより数多くの細菌が同定され、同時に無菌マウスの実験系が確立し、細菌の働きが次々と解明されてきました。第二は世の中が豊かになり、美食が進む中、一方で健康ブームも高まり、肥満や美肌や老化に対する食事への関心が高まってきたこと(いわゆる腸活)があります。第三はマグネシウム製剤とセンノシド等の刺激性下剤で9割以上対応してきた便秘薬ですが、ルビプロストンを皮切りに次々と新薬が登場してきたことがあります。第四は超高齢化社会となるにつれ、介護の現場では排泄と認知症の二つが大きな障壁となっていることが取り上げられるようになってきたことです。今回は特に便秘薬の進歩に焦点をあてて私見を述べたいと思います。

図1 便秘症治療薬の進歩

 図1に示しますように2012年11月に、1980年発売のラキソベロン以来32年ぶりの新作用機序治療薬(上皮機能変容薬)としてルビプロストン(アミティーザ)が発売されました。この薬剤はクロライド・チャネルの2番(ClC-2)を活性化することによりクロライドイオン(Cl-)が腸管内に分泌され、一緒に引っ張られてナトリウムイオン(Na)と水分が分泌されることにより腸管内の容量が増し、同時に小腸及び大腸の通過時間も短縮されます。速効性であるがゆえに下痢、悪心、嘔吐が数%あるといわれ、若年者や女性で悪心と嘔吐が多いといわれていることから特に高齢者(要介護者)での使用が優先される薬剤と思われます。本薬剤は2018年11月には半量の12μ錠も発売され、副作用のため減量したり、開始当初は12μで開始して漸増することができるようになりました。また本剤はプロスタンディン(PG)代謝物と類似していることからPG受容体に作用し、水分分泌だけでなく小腸粘液分泌を促進し、粘膜バリア機能修復作用や抗炎症作用もあることがわかってきました。刺激性下剤やマグネシウム製剤を大量使用していて本剤に変更した症例で便の性状が徐々にバナナ状に変化していくことを経験しています。2014年4月には7日本消化器病学会の下に慢性便秘の診断・治療附置研究会が設置され慢性便秘症診療ガイドラインの作成が始まり、2017年10月には同学会の慢性便秘の診断・治療研究会から慢性便秘症診療ガイドラインが発行されました。それまでの漫然とした下剤治療ではなく診断から治療に至るまで体系だった指針が出されたことは大きなステップだと思われます。2017年3月には過敏性腸症候群の便秘型治療薬としてリナクロチド(リンゼス)が発売されました。本剤も上皮機能変容薬に属し、グアニル酸シクラーゼCに作用して、サイクリックGMP(cGMP)を介して同じくクロライド・チャネルに作用して水分分泌を促します。また同時に腸管外へも流れ出し腸管知覚神経の末端に作用し、知覚過敏を抑制することにより腹痛を軽減します。ルビプロストンより強力な下剤効果があり、効きすぎて下痢することが多いため第一選択になることはあまりありませんが、下痢以外の副作用がないため腎障害や肝障害がある症例では使いやすい薬剤と思われます。速効性かつ確実であることから、荒っぽい使い方かもしれませんが浣腸代わりに使用したり(経口浣腸薬と呼ばれることもあります)、人工肛門を有する事例で洗腸代わりに使用したり、直腸切除後症候群で頻便のため定時使用してその後便を出さない管理をしている方もおられます。また向精神薬を複数服用し、ほかの薬剤ではコントロール困難例では本剤が有効な事例を経験しています。2018年4月には胆汁酸トランスポーター阻害薬としてエロキシバット(グーフィス)が発売されました。本剤は胆汁酸トランスポーターを阻害することにより胆汁酸の再吸収が抑制され、多量の胆汁酸と水分が大腸に流れ込み大腸の蠕動運動が亢進し下剤効果を発揮します。本剤は大腸に作用し、大腸の蠕動運動を更新させることや直腸の知覚改善作用があるため腸管蠕動が低下していたり、直腸にガスや便が貯留している便排出障害型にはよい適応と思われます。糞便塞栓を繰り返したり、刺激性下剤を多量に使用している症例に優先的に使用して効果を認めています。ただし、胆石を有するか肝胆道系に異常のある場合は胆汁酸組成に変化をきたす可能性があるため控えた方が無難と思います。2018年9月には浸透圧性(糖類)下剤としてラクツロース(ラグノス)が発売されました。すでに高アンモニア血症に対する治療薬として、また産婦人科術後の排ガス、排便促進として認可されており、さらに成人の便秘症治療薬として経口ゼリー状の12g製剤が発売された。小児に対してもシロップ製剤もあり、副作用もなく腸内細菌を整える効果もあることから今までより使用頻度は増えるものと思われる。2018年11月には浸透圧性(高分子化合物)下剤としてポリエチレングリコール(モビコール)が発売されました。本剤は元々大腸内視鏡検査の前処置として使用され、腸管洗浄効果があり、欧米では最も多く使用されておりエビデンスレベルの高い下剤です。粉末状で水に溶かして服用する手間がありますが、必ず一定の効果があり小児にも適応があります。私自身は下剤として定期服用は1例のみですが、安定した下剤効果があります。新規便秘薬については図2のように一覧表を作成しましたのでご参照ください。これらの新規便秘薬を使用することを優先するわけではなく、病態に合わせて選択肢が広がり、従来のマグネシウム製剤との併用や刺激性下剤の屯用使用も十分考慮してコントロールすることが基本と考えます。 下記に市販薬の人気ベスト10を一覧表にしてみましたが、一般に7割は刺激性下剤が使用されているといわれており、残りの3割は酸化マグネシウムを主成分とする浸透圧性下剤が服用されています。このマグネシウム製剤はいくら服用しても腹痛は起こらず、ただ便を軟らかくするだけで、常用しているうちに量を増やさないと効かなくなるようなことはありません。マグネシウムのほとんどは便と共に排出されますが、わずかに吸収されたマグネシウムイオンは腎機能障害のある患者さんでは高マグネシウム血症を起こし、反射低下、低血圧、呼吸抑制などを起こすことがあるため、多量の酸化マグネシウム服用例、腎機能低下例では特に注意して定期的な血中Mg値を測定することが勧められています。また酸化マグネシウムは胃酸や膵液で活性化するいわばプロドラッグであり、プロトンポンプ阻害薬やH2ブロッカー服用例や胃の手術歴がある事例では胃酸が低下しているため酸化マグネシウムの効果が減弱し増量しないと効果がなくなることを理解しておく必要があります。妊娠、授乳、小児でも安全に使用することもできます。

図2 新規便秘症治療薬の特徴