2022/01/16 更新   排便講座(連載)のトピックス

 「Chronic constipation killed Elvis Presley」という記事をご存じの方もおられるかと思いますが、あの世界的なロックスターで、42歳で急死したエルビスプレスリーの晩年の10年間主治医であったジョージ・ニコポウラス博士が、後日真相を明らかにした内容によると、エルビスはトイレで倒れ、死亡後の解剖まで博士も立ち合い、心臓麻痺とするか意見が分かれたそうです(おそらくは過度の努責に伴う心臓発作か?)。同博士によると、晩年エルビスはストレスに伴う過食症に陥り、ジャンクフードを食べまくり、睡眠薬も服用し、慢性の便秘に苦しんでおり、エルビスに人工肛門造設まですすめたそうですが、エルビスはプライドが許さず拒否したそうです。

 エルビスに限らず、最近になって便秘症は命に関わることがある大事な疾患であること(単なる便詰まりという病態ではありません)が明らかになってきました。エルビスのようにトイレで倒れているところを発見されて救急車で搬送され死亡確認される割合は約10%前後といわれ、多くは心疾患か脳血管疾患として扱われます。便秘による過度の努責により血圧は30前後上昇し、同様に低下することが上記発症の誘因となっており、背景の疾患として便秘症が隠れていることが多いとされています。統計的にも排便回数が4日に1回以下しかない便秘症の人は、1回以上排便する人に比べて、狭心症・心筋梗塞で死亡する危険性が1.45倍、脳卒中で死亡する原因が2.19倍と報告されています。(図1)

図1

また、寿命自体も短くなるという研究もされており、20歳以上の約4000人を対象に、便秘があるかないかで15年間にわたって調べたアメリカのメイヨー大学のデータでは10年間で12%、15年間で18%の有意差をもって便秘がない人のほうが生存率が高い結果となりました。(図2)

図2

 そこで、便秘症により予後が悪化する病態について私見を交えて考えてみると、便秘症の直接的な影響として上記の努責による心、血管合併症や脳卒中のほかに、便秘が持続ずることにより腸管運動が低下、腸管拡張し、さらには大腸穿孔や大腸憩室症に伴う合併症をきたします。大腸外科医としての個人的な経験だけでも当疾患で緊急手術を行った症例数は数え切れず、救命しえなかった症例も多々あります。また、便秘であるがゆえにADLが低下し、運動量も減り、さらにトイレに行こうとしなくなり、サルコペニアやフレイルが進行していく悪循環に陥ります。大腸では腸内細菌が食べカスである食物繊維と反応(いはゆる発酵)し、生体にとって必要なエネルギーを産生したり感染防御機構や免疫機序を保っていますが、便秘すると悪玉菌(筆者は必ずしもこの呼び方には賛同していないが・・)が増殖し、発がん物質や細菌毒素などの有害物質が産生され、直接大腸粘膜を障害していくことになります。相対的に善玉菌は減少し、善玉菌が産生する粘膜バリア機能は低下し、腸管上皮での免疫機能も低下するため、有害物質は血中に入り、様々な病気を引き起こすことがわかってきました。当初は敗血症(感染症)や大腸癌であったが、肥満、糖尿病、アレルギーや自己免疫疾患、高脂血症さらには自閉症に始まってアルツハイマー病やパーキンソン病までも関係しているといわれてきています(図3)。いまや大腸は健康の発信源であり、「腸を制する者は健康を制する」といわれるゆえんです。長生きするには腸を大切にして、便通に関心を持つことが必要と思います。まずは医療者として患者の便を、個人として自分の便を十分観察することから始めてみてはどうでしょうか?